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豆知識
・ 結婚記念日の贈り物って?
・ 薬指にはめるのは何故?
・ ダイアモンドの鑑定
・ 世界で有名なダイアモンド
・ 銀の黒ずみを取る・つける
・ ジュエリーの技法(歴史)1
・ ジュエリーの技法(歴史)2


クラフトマン藤崎保

  担当 藤崎 保
・1990年
  東京宝石デザインスクール卒
・2006年
  JJAジュエリーデザイン
  アワード初出展で入選
・神奈川宝飾工芸組合員

ジュエリーの技法、ビザンチン


古典期から近世へ


聖母マリアと二人の聖人のペンダント


聖母マリアと二人の聖人のペンダント

鑑賞ポイント

  金属の表面を叩いて凹ませた部分に七宝を焼き付けたシャンルヴェと呼ばれる
  技法で描いたマリアと聖人。
  技法はさまざまでも、描かれたのは神様とその近くの人達。
  ジュエリーというよりも宗教用品である。
  10世紀頃のビザンチン帝国、大英博物館蔵。

  ギリシャ・ローマの古典的色彩を継承 キリスト教色の強い工芸品
  【 ビザンチン 】

 ANCIENT ROME   A.D.395〜1453

東ローマ帝国の神聖な文化


 ビザンチン文化とは歴史的には395年ローマ帝国分割から、1453年の
コンスタンチノーブル*1陥落までの約千年間、東ローマ帝国で培われた文化を言う。
この千年の長きにわたる文化を一言でまとめることは難しいが、ギリシャの古典文化と
ギリシャ正教を基礎にした、きわめて宗教色の強い文化である。
神秘性が大変に強い反面、人間的な感情の表現は乏しいともいえる。
工芸の多くは平面的なデザインで、立体性のあるものは少ない。

神様ではない、皇帝の顔のメダルを付けたネックレス

神様ではない、皇帝の顔のメダルを付けたネックレス

鑑賞ポイント

  中央の金製の円盤はビザンチン帝国の皇帝を打ち出しで描いた物。
  左右には十字架を思わせる模様の連続、真珠入りだが剥脱している。
  おそらくは、皇帝からの下賜品として作られたもの。
  6世紀後半、フォルツハイム宝石美術館蔵。

平面的な表現と七宝と色石の多用


 帝国が千年の長きにわたって存在した割には、現存するジュエリーはきわめて少ない。
おそらく726〜834年の偶像破壊運動*2と1204年頃の第4次十字軍による略奪
のせいと思われるが、多くのジュエリーもその素材を目当てに壊されたのであろう。
ビザンチンの工芸の第一の特徴は、優れた金細工にある。
金製品を本国に没収することで、金という素材を大量に入手した。
フィリグリーが多用され、ローマで発達したオープンワーク、さらには、粒金などが見られる。
金性を示すホールマークも、このコンスタンチノーブルで初めて使われた。
 今に残るジュエリーを見るとき、最も印象的なのは七宝の使い方である。
そのほとんどはクロワゾネと呼ばれる有線七宝であり、金線による枠の中を極めて鮮明な色の
七宝で埋めることで聖人や天使、キリスト像などをカラフルに描いたジュエリーが数多くある。
多くが平板な板状のものであり、それを蝶番などで組み立てて王冠やブレスレットを作っている。
七宝の他にはニエロも使われている。
この表現が平面的であることと、セットする色石や真珠のパターンが幾何学的となり、ひいては縦横に
置かれた宝石が十字架の意味を持つようになるというところに、ビザンチン工芸のキリスト教色の強さが見える。
 もう一つの特徴は色石の多用だが、東方諸国との交易がコンスタンチノーブルを経由して行われた結果であろう。
色石は帝室の人々の衣服に縫い込まれたりもして使われ、七宝とあいまって、ビザンチンのジュエリーを
この上なくカラフルなものにしている。
西ローマ帝国がゲルマン民族大移動によって大きく破壊されたのに比べて、ビザンチン文化は全く新しいものは
創造しなかったが、ギリシャ・ローマの古典的な色彩を保持して後世に伝えたこととなり、西欧の中世や ルネッサンスにまで大きく影響した。

*1:ギリシャ名ビザンティウムを首都にしたことから、ビザンチン、あるいはビザンツ帝国とも呼ばれる。

*2:726年東ローマ皇帝レオ3世は勅令で、キリスト教関連の絵画や彫刻を異教的として禁じた。

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ヨーロッパの宝飾技術と歴史
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