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豆知識
・ 結婚記念日の贈り物って?
・ 薬指にはめるのは何故?
・ ダイアモンドの鑑定
・ 世界で有名なダイアモンド
・ 銀の黒ずみを取る・つける
・ ジュエリーの技法(歴史)1
・ ジュエリーの技法(歴史)2


クラフトマン藤崎保

  担当 藤崎 保
・1990年
  東京宝石デザインスクール卒
・2006年
  JJAジュエリーデザイン
  アワード初出展で入選
・神奈川宝飾工芸組合員

ジュエリーの技法、 第二帝政期、ナポレオン3世とジュエリー


ヨーロッパ近世以降とアメリカ


ユージェニー皇后遺愛のペンダント


ユージェニー皇后遺愛のペンダント


ユージェニー皇后遺愛のペンダント

鑑賞ポイント

  中央の女性像はオランダのオルタンス王妃、彼女はナポレオン3世の母親である。
  このペンダントは1870年、革命に追われて英国に亡命した折に、一家をヨットで英国へ運んでくれた人物へ、
  の御礼として、その時身に着けていた唯一のジュエリーをユージェニーが贈ったものである。
  19世紀後半、アルビオンアート・コレクション蔵。

  ナポレオン3世とその妃の時代、卓越を見せたパリのジュエラーたち
  【 第二帝政期 】

   SECOND EMPIRE    1852 〜 1870  

豪奢を好んだ皇帝夫妻の波乱の歴史


 ナポレオン1世の弟の息子、つまり甥であったナポレオン3世は、1848年に第二共和国大統領に選ばれ、
次いで51年の任期切れを前にクーデターを起こして議会を解散し、同年12月に人民投票によって皇帝となる。
自らナポレオン3世と名乗り、皇后ユージェニーと共に、いわゆる第二帝政を開く。
70年プロシアとの戦争に大敗して自らも捕虜となり、蜂起したフランス国民に追われて英国に亡命、
ここに第二帝政は終わる。
国民の反対を弾圧する一方、派手な植民地政策を実行し、国内では大土木事業や金融改革などを行い、
自らも皇后と共に豪奢な生活を営んだ。
皇后ユージェニーは大の宝石好きで多くの宝飾品を作ったが、その多くは亡命先で売られたか、
その後の改革騒ぎの中で売り払われて、今日に残るものはきわめて少ない。

正装した皇后ユージェニーの肖像

正装した皇后ユージェニーの肖像

  ナポレオン3世と結婚して皇后となったころのユージェニーの全身像。
  ウィンターハルター作。
  頭に被っているのは、ルモ二エが作った有名な真珠とダイヤモンドのティアラで、
  現在ルーブルに展示されているもの。
  他に、後頭部に櫛と首周りに天然真珠のネックレスを数本、両腕にブレスレットを4本ほど着けている。
  1853年、シャトー・ド・ヴェルサイユ蔵。

ナポレオン3世好みのティアラ

ナポレオン3世好みのティアラ

鑑賞ポイント

  トルコ石を花芯に周りを銀台にセットしたダイヤモンドで取り巻いた模様を連続させたティアラ。
  こうした色石の多用とわかりやすいデザインは、第二帝政期のユージェニー皇后を中心とする
  宮廷の好みのデザインであった。
  中央の部分は取り外してブローチにもなる。
  1860年頃、メレリオ・ディ・メレー蔵。

過去にアイデアを求めた折衷主義


 要約して言えば、ナポレオン3世とその妃ユージェニーは、先代の皇帝とその2人の妃ジョゼフィーヌと
マリー・ルイーズ同様、特別に趣味が良かったわけでもなく、身の回りのことに格別のセンスを発揮したわけでもない。
第二帝政期のジュエリーの特徴は、飛び抜けた特徴がないということにある。
皇后ユージェニーはルイ16世妃マリー・アントワネットに憧れた。
だから、その時代の装飾モティーフの花綱や輪飾り(総称してガーランド)がこの頃から復活し、
やがてベル・エポックに大流行するのはユージェニーの好みによるとも言える。
 デザインの面でも、いわゆる「折衷主義」が時代の風潮であった。
芸術家の多くは過去の遺物あるいはデザインなどにアイデアの源泉を求め、中世やルネサンスの文物、
ひいてはイタリアのポンペイなどの遺跡から得られる発掘品などを広く利用した。
これは、英国における[歴史主義]、あるいは[考古学様式]と同じ動きと言える。
こうしたジュエリーを作ったのが、パリのフロマン=ムーリス、ユジェーヌ、フォントネなどであった。
彼らは、51年のロンドンの万国博に遅れを取った分を取り戻そうとナポレオン3世が67年にパリで開催した万国博に
出品することで、皇帝一家だけでなく多くの貴族たちの愛顧を受け、数多くのジュエリーを製作した。
 こうしたフランスの歴史主義のジュエリーは、その完成度の高さにおいて英国やイタリアのものを凌ぐと言えよう。
第二帝政期が残した特徴のあるジュエリーとはこれらを指すと考えるべきであろう。
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ヨーロッパの宝飾技術と歴史
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